【検証!進化論VS創造論は、科学VS宗教なのか】Part. 4(最終回) 歴史科学の方法とは?

こんにちは。管理人のヒロです。世界の成り立ちという視点から神様の存在について考える「学校では教えてくれない創造論シリーズ」です。

サブテーマ「進化論VS創造論は、科学VS宗教なのか Part.4」

最終回となる今日は、「歴史科学の方法とは?」というテーマでご一緒に考えていきたいと思います。

最後までお付き合い、よろしくお願いします。

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前回のまとめ

まず、前回までの内容を振り返りましょう。

前回のポイントは、以下の3つでした。

①進化論も創造論も、客観的事実ではなく世界観をベースとしている

②世間一般では、進化という世界観だけが広められ、それが「科学」だと考えられている。

③どちらの世界観に立って見るかによって、世界の見え方が全く変わってくる

 つまり、進化論VS創造論は、科学VS宗教ではなく、全く違う世界観同士のぶつかり合いだということができます。ここまでを読んだあなたは、ひょっとすると、こうお考えかもしれません。

「過去のことは実験も観察もできない。そして、現在見ているものはどちらの証拠ともなり得るのなら、結局、進化論VS創造論でどちらが本当かなんてわかりっこないじゃないか?」

 では、歴史科学の研究者達が、この2つの世界観のどちらが真実なのかを一体どのように突き止めようとしているのかについてご一緒に考えていきましょう。

大きく違う2つの世界観

 まずは、歴史科学の方法をご紹介する前に、創造論と進化論の世界観がどれほど大きく違うのかを知っていただくために、主だった点について分かりやすく整理してみました。

こうして見ると、創造論と進化論では、多くの点で、しかも、はっきりとした違いがあることが分かります。

例えば、地球誕生は、進化論では約46億年前と言われていますが、一方の創造論では、地球誕生からわずか6000年程度しか経っていないというのですから、初めて聞いた方にとっては驚きだと思います。

 また、恐竜は、進化論では人類誕生のはるか前に絶滅したとされている一方、創造論では人間と同じ時代を生きていたとされています。これまた驚きですよね。

こうした違いの大きさというものは、これから歴史科学を学び、どちらが真実なのかを調べていこうという私たちにとっては、大変良い知らせだと思います。

なぜなら、これだけ違いが大きければ、何らかの証拠が見つかった時、どちらを指し示しているか判断がしやすいからです。

しかし、その肝心要となる証拠を、実験や観察ができない中で一体どうやって集めたらよいのでしょうか。

歴史科学の方法について、ご一緒に見ていきましょう。

歴史科学の方法とは

人は、直接見たことや聞いたことではなくても、「それは、事実起こったんだろう」と信じることができます。

このことを、具体例を通して見ていきます。

具体例1 木が真っ二つに裂けた理由

例えば、ある晩大嵐がやってきました。夜中じゅう、ずっと雨風が吹き荒れている中、夜中3時頃に強烈な光のあと、すぐに「ゴロゴロ!」という音が響いて、あなたは思わず飛び起きました。

次の日の朝、外に出てみると、昨日は普通に立っていた一本の木が、真っ二つに裂けていました。

ぞろぞろと近所の人が集まってきて、そのうちの一人、Aさんがこう言いました。

「昨日の雷が、この木に落ちたんだな。」

しかし、Bさんはこう言うのです。

「夜のうちに、誰かが斧を持って来て真っ二つ切ったんだよ。」と。

あなたは、どちらの言っていることを信じますか。

直接知ることができないものを、どのようにして探求するか

 私なら、Aさんの「雷が落ちて、木が裂けた。」を信じます。

その瞬間を見てはいません。

しかし、雷の音を聞き、光を見ています。

それに、大嵐の中、わざわざ斧を持ってきて、木を真っ二つに切る目的が分からないので、Bさんの言うことは信じ難い。

だから、そう考えます。

これは、得られた情報から、その情報がどちらを指しているかを考え、論理的に推測するという方法を使っています。

このように、直接見ていない、つまり直接的な証拠がなくても、関連するいくつかの情報(これを間接的証拠、状況証拠といいます。)をもとに、論理的に考えれば、過去に何が起こったかをより正確に推測することができます。

Bさんの言ったことが事実である可能性は0%ではありませんよね。

ひょっとすると起こり得たことではありますが、 残念ながら合理的な話ではないので、Aさんを信じるという結論に至りました。

つまり、100か0かではなく、どちらがより筋が通った意見なのかを考えて判断しています。

これが、直接的な証拠がない場合に、一般的によく使われている事実認定のための方法です。

2つの信じ方とその違い~合理的か盲目的か~

つまり、どちらがより合理的と考えるかということです。

合理的でないことを信じる人は、盲目的に信じています

その人たちは証拠も無いのに、ただそれを信じたいが故に信じています。

一方、合理的に信じる人は、信頼できる間接的な証拠をもとに論理的に考えた結果、事実であろうという結論に至っています。

この合理的に信じるために必要なことは、先ほど述べたように次の2つのことです。

1つめに間接的な証拠(状況証拠とも言います)を集めることもう1つはその証拠をもとに論理的に推測することです。

これら2つを行えば、過去の出来事でも、事実かどうかについて、ある程度自信をもって判別することができます。

具体例2 目撃者のいない殺人事件の犯人は?

警察も、この方法を使って、目撃者のいない殺人事件の犯人を捕まえることがあります。

捜査線上に、二人の容疑者が浮かび上がりました。

さらに調べを進めていくと、次のようなことが分かってきました。

みなさんが警察だったら、どちらの身柄を確保して取調室につれていきますか?

目撃者がいない殺人事件を、どのように解決するか(その1)

私は、Bさんを疑います。

しかし、まだBさんが犯人であるという確信には至りません。

もし、間違えていたら、Bさんに余計な時間をとらせるだけでなく、Bさんを取り調べている間に、本当の犯人を逃がしてしまうことになるかもしれない。

そこで、もう少し調べることにしました。

さらに調べを続けていくと、こんなことがわかりました。

目撃者がいない殺人事件を、どのように解決するか(その2)

Bさんが犯人の可能性が、かなり高まってきました。

これだけの数の証拠が集まれば、もうBさんを取調室に連れていくべきかもしれないですね。

しかし、疑り深い私には1つ不安な点があります。

それは、集められた証拠自体が信頼できるものなのかということです。

そこで、1つ1つの証拠が信頼できるか、情報源となってくれた証人の方々に、もう一度直接話を聞いて確認することにしました。

目撃者がいない殺人事件を、どのように解決するか(その3)

全ての証拠の信頼性が確認できました。

私なら、この時点で、Bさんを取調室に連れていきます。

それは、証拠の数と質が十分であり、Bさんが犯人である可能性は極めて高いと判断するからです。

Aさんが犯人の可能性は、0でしょうか。

いいえ。

しかし、Bさんが犯人だと考える方が、圧倒的に自然で合理的です。

このように、殺人事件の犯人を見つけるという重たい責任を伴う判断をしなくてはならない場合でも、徹底的に調べ上げ、信頼できる間接的な証拠をたくさん集めることが出来れば、かなり自信をもって判断が下せるようになりますよね。

つまり、直接見ていない過去の出来事を、より合理的に信じるには、信頼できる間接的な証拠をなるべく多く集めることが大事なポイントとなります。

歴史科学の方法は、盲目的ではなく、合理的に信じる

2つの事例を通して見てきた通り、人は直接見ていない過去に起こった出来事を「合理的に信じる」ことができます。

その方法は、

信頼できる間接証拠+論理的な推測→合理的に信じる

この方法を使えば、事実をかなりの確率で推測することができるということをご紹介してきました。

歴史科学でも、全く同じ手法が使われています。

進化論科学者は、自分達のもつ「世界は偶然にできた」という世界観に立ち、地球は古いという証拠を探したり、中間型の化石(ネアンデルタール人だとか始祖鳥など現在ある2つの種類の動物のちょうど真ん中のような生き物の化石)を見つけようとします。

一方、創造論科学者は、地球は、神様が世界を造ったんだという世界観に立ち、地球が若い証拠を探したり、ノアの洪水は本当にあったということを示す証拠を探したりします。

確かな証拠がより多く見つかれば、合理的に信じるのは簡単になります。

しかし、数も少なく信頼性の低い証拠ばかりであれば、合理的には信じにくくなります。

信頼できる証拠が全く見つかっていないのに信じてしまうならば、それは盲目的に信じることになってしまい、ただの新興宗教やカルトのようなものになります。

ですから、歴史科学でも、科学的な証拠は大変重要で、研究者たちは、化学、生物、物理、地学といったあらゆる分野から証拠を得ようとします。

例えば、地層や化石といった過去に何が起こったかを示すものを検証し、出来るだけ多く証拠を集めた上で、論理的に考えて過去の出来事を推測したりします。

 この方法を使えば、先ほどの「木が真っ二つに割れた理由」や「目撃者のいない殺人事件」の事例にように、進化論と創造論のどちらがより合理的に信じることができるか判断することができます。

歴史科学における「進化論」と「創造論」の証拠

今日のまとめ

①進化論と創造論の世界観は全く違うこと

②歴史科学の方法は、間接証拠と論理的な推論によって、合理的に信じるというもの

③証拠は、その数と質が重要であること

シリーズのまとめと次回予告~新シリーズがスタート!~

4回に及んだ「進化論VS創造論は、科学VS宗教なのか」シリーズ、いかがだったでしょうか。このシリーズの結論です。

進化論VS創造論は、科学VS宗教なのか

結論① 否。進化論VS創造論は、世界観同士のぶつかり合いであり、また自然科学の一分野である歴史科学における論争である。

結論② 歴史科学の方法は、収集可能な現存する間接的な証拠を元に論理的に推測し、より合理的な方が正しいとされるものである

進化論と創造論を取り巻く状況が分かったところで、いよいよ中身に入っていきましょう。

次のシリーズでは、「あなたの知らない創造論の世界」と題し、創造論の立場から、創造論を支持する証拠の数々をご紹介していきたいと思います。お楽しみに。最後までお読みくださり、ありがとうございました。

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この記事を書いた人

はじめまして。管理人のヒロです。

日本で小学校教員、ニュージーランドで日本語補習校教員として勤めていましたが、現在は、妻と一緒に2児を育てる主夫をしています。

教員として働いていたころは、仕事中心の生活を送っていましたが、ある出来事が人生を一変させます。

2020年10月に、突然、オークランドで大病を発症。

生死の境を彷徨いましたが、奇跡的な回復を経験し、イエス・キリストを信頼するクリスチャンとなりました。

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