ワークショップレポート「日本人の9割が知らない創造論の世界」

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はじめに

こんにちは。管理人のヒロです。

まずお詫びしなければならないことがあります。

何の音沙汰もなく、長らくお休みしてしまい、次の記事を楽しみにしていたみなさん、申し訳ありませんでした。

また、少しずつ投稿を始めていきますので、今後もぜひお読みいただけたら嬉しいです。

先日、「日本人の9割が知らない創造論の世界」と題したワークショップで、講師としてお話しさせていただく機会がありました。たくさんの方がお集まりくださり、本当に感謝しています。

今回は、このワークショップでどのようなことをお話ししたのか、その概要をお伝えしたいと思います。

このブログの読者のみなさんには、おなじみのテーマかもしれません。しかし、このワークショップでは、ショートメッセージの後に設けたフリーディスカッション(Q&A)の中で、参加者のみなさんから非常に興味深い質問がいくつも飛び出しました。

今後、そのQ&Aで取り上げられた質問を一つずつ取り上げて、記事にしていく予定です。ですから、まずはこの記事で全体の流れをつかんでいただき、次回以降の記事をより楽しんでいただけたら嬉しいです。

ワークショップのテーマ:「進化論は科学で、創造論は宗教か?」

今回のテーマに選んだのは、「進化論は科学で、創造論は宗教か?」という問いでした。

このテーマを選んだ理由は3つあります。

1つめは、多くの人が一度はこう考えたことがあるのではないか、ということです。 実は私自身もかつてはそう思っていました。クリスチャンファミリーに育った方でも、学校で進化論を習うと「あれ? 教会で教わっていたことは本当だったのかな?」と疑問をもった経験がある方もいらっしゃるのではないでしょうか。誰もがこの道を通るのかなと思い、みなさんの話題にしやすいテーマだと考えました。

2つめに、ノンクリスチャンの方にぜひ創造論を知ってほしいからです。 学校では進化論だけが教えられ、創造論を知る機会はほとんどありません。両方を知った上で選べるということが大切だと思っています。

3つめに、クリスチャンの方の伝道の助けになれば、ということです。 「進化論は科学で、創造論は宗教でしょ?」とイエス様を伝えたい方に言われた時に、それ以上何も言葉が出てこなくなってしまう。そうした経験をされた方が、自分なりに説明できる準備のお手伝いができたら嬉しいなと思いました。

なお、ワークショップの冒頭でもお伝えしたのですが、とても大切なことがあります。私は、創造論に賛成してくださいと言いたくてお話ししたわけではありません。 あくまでも考える材料を提供したい。お一人お一人がご自分で判断し、選び取ることが大切です。このブログでも大切にしている「ご一緒に考えましょう」の姿勢を、ワークショップでも貫いたつもりです。

ショートメッセージで何をお話ししたか

科学には2つの種類がある

まず取り上げたのは、「科学」の分類についてです。

科学は、内容によって分けると物理・化学・生物・地学の4つに分かれます。これは、学校で教えられるおなじみの分け方ですよね。

しかし、「どうやって明らかにするのか」という方法(How)に注目すると、科学は「実験科学」と「歴史科学」の2つに分けられるのです。この分け方は、学校ではまず教えられません。私自身も教師をしていた頃には教えたことがありませんでした。しかし、この区別が、進化論を正しく理解するための非常に重要な鍵になります。

実験科学とは何か

実験科学とは、実験や観察によって仮説を立証する科学のことです。

ワークショップでは、私の教員時代のエピソードを紹介しました。理科を教えるのがとても上手な先生に、「実験が早く終わった子どもたちに何と指示を出せばよいですか?」と聞いたところ、「もう一度同じ実験をやらせなさい」という答えが返ってきたのです。

最初は「時間の無駄じゃないか」と思いました。しかし、その理由を聞いて納得しました。たった一度の実験では、途中でエラーが発生している可能性があります。計測値の読み間違い、実験器具の使い方の間違い、結果への思い込みなど。だからこそ、再実験・再観察を行い、何度やっても同じ結果が出ることを確かめることが大切なのだと。

誰でも、どこでも、同じ結果が出る。 これが実験科学の素晴らしいところであり、私たちの生活を便利にしてくれているスマートフォンやパソコンなどのテクノロジーは、この実験科学から生まれたものです。

進化論は実験科学なのか

では、進化論はこの実験科学なのでしょうか。

私の答えは、「違います」です。

進化論が主張していることは、「ビッグバンが起こった」「猿が人間になった」「あらゆる種類の動物が、時間を経て進化してできあがった」といった過去の出来事です。過去の出来事に対しては、実験も観察も行えません。再実験・再観察どころか、一度も実験・観察すらできていないのが現状なのです。

私たちが「科学はすごい、科学は万能だ」と言う時、無意識にイメージしているのは実験科学の方だと思います。でも、進化論までもそこに含めてしまっている。そんな現状にあるのではないでしょうか。

歴史科学と世界観

では、歴史科学とはどのようなものでしょうか。

歴史科学では、「現在から過去を推測する」という方法がとられます。そして、そこには人の解釈や世界観が入り込みます。

ワークショップでは、「相同器官」を例に挙げて説明しました。人間の腕の骨が他の動物と似ているという事実は、進化論の立場からは「共通の祖先から進化した証拠」として説明されます。しかし、もしここがクリスチャンスクールだったとして、「これが似ているのは同じクリエイターによって作られたからですよ」と教えたとしたら、それもまた筋の通った話になります。同じメーカーの製品同士には似ている部分がありますよね。

つまり、相同器官は進化論と創造論のどちらの証拠にもなり得るのです。どちらの証拠だと判断するかは、その人がもっている世界観によって決まってしまう。ここが、歴史科学の大きな特徴です。

結論:どちらも世界観であり、信仰である

私の結論は、こうです。

「進化論も創造論も、どちらも実験で証明された事実ではなく、どちらも仮説であり、世界観であり、信じる内容です。」

「進化論は科学で、創造論は宗教か?」という問いに対する私なりの答えは、「どちらも世界観であり、信仰です」ということになります。

では、どうやって見分けるのか

「結局どっちが本当かわからないのか」という話で終わってしまっては、そうじゃないですと言わなければなりません。どちらか一方だけが本当なのですから。

では、どうやって見分ければよいのか。私が提案したのは、自然界にあるありとあらゆるものを、片方の目線からだけでなく、両方の世界観から見てみることです。進化と創造、それぞれの立場からどのように説明できるかを考えてみる。そうすると、こちらの世界観からだと説明できるけれど、反対の世界観からだと説明が難しいというものが出てきます。逆に、説明が難しいなと思っていたものが、反対の立場に立って見てみたらすんなり説明できてしまうということも起こります。

宇宙、植物、人間の体、動物の体。自然界には、こうした「材料」が豊富に与えられています。両方の世界観から見比べていくと、どちらがより合理的で、どちらがより科学的なのかが、だんだんと見えてくるのです。

そして、科学的証拠を積み上げていくことが、信じるために非常に重要です。 私自身は、クリスチャンになる前にこの探求をした結果、創造論が本当だという結論に至りました。この方法であれば、どんな人でも進化と創造の問題には答えが出せるのではないかと、自分自身の経験から考えています。

フリーディスカッション(Q&A)で飛び出した質問たち

ショートメッセージの後、参加者のみなさんとのフリーディスカッションタイムを設けました。この時間には、非常に興味深い質問が次々と飛び出しました。

以下が、参加者のみなさんから出された主な質問です。

Q1. 創造論に至った決定的な理由は何か?

進化論と創造論の両方を科学的に考察した結果、創造論が正しいと判断するに至った「決定的なもの」はあったのか、という質問をいただきました。私の答えは「DNA」です。30億文字にもおよぶ遺伝情報の精密さを知った時、愕然としました。偶然によって意味ある情報が発生することがあり得るのか。筆を紙に向かってバーっと振って、「おはよう」というたった4文字の意味ある情報が書かれる可能性すら、ほぼないのではないでしょうか。情報が生まれるには、知性ある存在が必要だと確信しました。

Q2. 北京原人やネアンデルタール人は進化の証拠ではないのか?

学校の教科書で習ったこれらの「猿人」は、本当に進化の証拠なのかという質問です。実は、今の教科書にはもう北京原人は載っていません。ネアンデルタール人についても、発見された洞窟に壁画が描かれていたこと、楽器が見つかったこと、そして頭蓋骨から復元した顔が完全に人間であったことから、人間の化石であったと結論が出されています。しかし、そうした最新の情報が一般には報じられていないという問題があるのです。

Q3. 地球の年齢(何億年 vs 6000年)のギャップをどう捉えるか?

進化論では地球の年齢は何十億年とされますが、聖書に基づくと約6000年です。この大きなギャップをどう考えるか。私は聖書に書かれてある通り、6000年の立場です。何億年という年代を受け入れると、アダムが罪を犯す前に死が存在していたことになり、イエス・キリストの贖いの意味にも矛盾が生じてしまうからです。地層についても、ノアの洪水によって地球全体が一旦水の中に沈み、土砂が重さによって分かれて堆積したと考えれば、あの美しい平行地層の説明がつきます。

Q4. 突然変異は「進化」に含まれるのか?

ウイルスの変異や外来種の交雑など、私たちが目にする「変化」は、進化論のいう「進化」なのかという質問です。突然変異は確かに起こります。しかし、突然変異がもたらすのは、がんをはじめとする病気などマイナス方向の変化です。羽が生えるとか、首が長くなるといったプラス方向の変化は、突然変異によっては一度も観察されていません。また、種の中での変化(例えば犬同士の交配で新しい犬種が生まれること)はあっても、種を超えた変化は見られないのです。聖書が「その種類に従って」と繰り返し書いている通りです。

Q5. 恐竜は聖書に出てこないが、どう考えればよいか?

恐竜の存在を聖書ではどう説明するのかという質問です。実は、聖書には「恐竜」という名前では出てきませんが、ヨブ記40章に「鉄の棒のような肋骨をもち、杉の木のような尾をもつ生き物」が登場します。日本語訳では「カバ」と訳されていますが、杉の木のような尻尾をもつカバなんて見たことがないですよね。これは恐竜のことだと考えられます。「恐竜」という言葉自体が1800年代に名付けられたものなので、それ以前に書かれた聖書にその言葉がないのは当然なのです。また、アメリカでティラノサウルスの化石から血管と赤血球が発見されたことも、恐竜が6500万年前に絶滅したという定説に疑問を投げかけています。

Q6. 進化論と創造論「以外」の説を考えたことはあるか?

二者択一ではなく、仏教的な考えや「始まりがなかった」という考え方もあるのでは、という質問です。エネルギー保存の法則(地球内のエネルギーは一定である)と、エントロピーの法則(使えるエネルギーは徐々に減っていく)を考えると、「始まりがあった」と考えなければ説明がつきません。ですから、科学的な情報からも、この世界には始まりがあったと考えるのが妥当だと思っています。

ワークショップを振り返って

今回のワークショップでは、「進化論は科学で、創造論は宗教か?」というテーマを入口に、科学の分類、世界観と証拠の関係、そして自然界を両方の目線から見ることの大切さをお話ししました。

フリーディスカッションでは、参加者のみなさんから率直な疑問が次々と出されて、私自身もとても刺激を受けました。創造論について「ご一緒に勉強する仲間」が増えていくことは、本当に嬉しいことです。

最後にワークショップでもご紹介した聖書の言葉を、ここでもお分かちしたいと思います。

「神について知り得ることは、彼らの間で明らかです。神が明らかにされたのです。神の目に見えない性質、すなわち神の永遠の力と神性は、世界が創造された時から被造物を通して知られ、はっきりと認められるので、彼らに弁解の余地はありません。」(ローマ人への手紙 1章20節)

聖書は、自然界を眺めれば神がいることは分かるのだと主張しています。もしまだ聖書を信じる前の方がいらっしゃいましたら、ぜひこの聖書の言葉が本当なのかどうか、ご自身で調べてみていただきたいと思います。

なお、ワークショップの様子はYouTubeの動画でもご覧いただけます。この記事で興味をもたれた方は、ぜひ実際のやり取りの雰囲気も感じてみてください。

次回予告~Q&Aの質問を深掘りしていきます~

次回からは、このワークショップのQ&Aで取り上げられた質問を一つずつピックアップし、さらに深掘りした記事をお届けしていく予定です。

「DNAが創造論の決定的な証拠になるのはなぜか?」「北京原人やネアンデルタール人の真実とは?」「地球の年齢問題をどう考えるか?」など、どれも私たちが一度は疑問に思ったことのあるテーマばかりではないでしょうか。

果たして、これらの問いに対して、進化論と創造論はそれぞれどのような答えを出すのでしょうか。

ぜひ、ご一緒に考えて参りましょう。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

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この記事を書いた人

はじめまして。管理人のヒロです。

日本で小学校教員、ニュージーランドで日本語補習校教員として勤めていましたが、現在は、妻と一緒に2児を育てる主夫をしています。

教員として働いていたころは、仕事中心の生活を送っていましたが、ある出来事が人生を一変させます。

2020年10月に、突然、オークランドで大病を発症。

生死の境を彷徨いましたが、奇跡的な回復を経験し、イエス・キリストを信頼するクリスチャンとなりました。

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