【知っ得】学校では教えてくれない創造論

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神様紹介~2つの神とその違い~

こんにちは。はじめまして。管理人のヒロです。「一粒の麦」は、聖書の神様を信頼するクリスチャンである私が、聖書の神様をみなさんに紹介するという目的の為に書いているブログです。「聖書の」という言葉には、実はこだわりがあります。私は、他の神様ではなく、聖書の神様を信頼しています。

私は、世界で神と呼ばれるものは、大きく2つに分けることができると考えています。1つは、人間が」造った神です。人は、死や病気、飢餓や戦争といった辛く苦しい場面に出会うとき、「せめて心の拠り所が欲しい」という思いから、自分の目に良いと思うものを神として拝んできました。それが、時には、動物であったり、星々であったり、木々であったりする中で、様々な神が人間の思いから生みだされてきました。

こうした架空の存在に過ぎない神に対し、もう一方は、実在する神、逆に人間「を」造った神です。人間を造れるほどに全知全能で、時空を超越する力をもった私たちの想像を遥かに超える唯一の存在、この後者が私が信じている神です。ちなみに、英語では大文字を使ってGodと表します。この表記は、固有名詞扱い、つまり前者のような神々(小文字のgod)とは異なる唯一の方であること表しています。英語では、この2つの神概念があることを念頭に明確な使い分けがされています。しかし、残念ながら、日本語では、ただ1つ「神」という言葉があるだけなので、この区別がなされていません。ですから、こうした説明が必要になってきます。

まとめると、聖書の神様は、人間「が」造った想像上の神ではなく、人間「を」造り、世界をデザインした創造主です。私は、この神が100%いると信じています。しかし、きっとあなたはこう言うでしょう。「どうしてそんな神がいると言い切れるのか。事実なら証拠を見せて。」と。そう思われる方は、ぜひこのブログを読み続けてみてください。この神様が事実いるのだという数々の証拠を紹介していきたいと思っています。まずは、この世界の成り立ちという視点から、創造主なる神が本当にいるのかどうかご一緒に考えていきましょう。

創造論~学校では教えてくれない世界の成り立ち~

創造論とは、「この宇宙にあるものの全て、数えきれない星々、さんさんと輝く太陽、澄んだ大空、美しい花、いろいろな種類の動物、そして遂には私たち人間までも、ある偉大なクリエイターによって創られた」という考え方のことです。ですから、この考えだと、目に見えるものも見えないものも全ては、その創造者の力によって、デザインされ、造られ、今も生かされているということになります。

この考え方は、どこから来たのか

「はじめに、神が、天と地を創造された」これは、旧約聖書の最初の書物「創世記」1章1節の言葉で、聖書はこのようにして始まります。聖書を初めて開いた人が、この1行を読んだだけで、パタッと聖書を閉じて読まなくなるなんてこともあるぐらい疑いたくなるような話ですし、私自身も進化論者でしたから完全に疑ってかかっていました。しかし、これを真っ向から信じている人は、実は世界に多くいるのです。

世界的に見れば、創造論を信じる人は決して少なくない

世界にはさまざまな宗教がありますが、その中に一神教と呼ばれる3つの宗教があります。キリスト・イスラム・ユダヤ教の3つです。この人数を合計すると何人ぐらいになると思いますか?

キリスト教徒が約25億人、イスラム教徒が20億人・ユダヤ教徒が、約1600万人です。3つの宗教を合計すると、なんと約45億1600万人となります。これらの宗教を心から信じている人は、皆創造論に立つ人達です。なぜなら、キリスト教とユダヤ教は先程ご紹介した、「はじめに神が天と地を創造された」と書かれてあるキリスト教でいうところの旧約聖書を聖典(信者が従うべき基準だと確認している書物)だとしていますし、イスラム教の聖典「コーラン」にも同じように書かれています。ですから、これらの人々は、基本的にみな創造論者ということになります。

つまり、世界人口約80億人の半分以上が、創造論を信じる人々だとも言えるのです。これを聞くと、進化論を支持している人は「自分は意外と少数派なのか?」とドキッとするかもしれませんが、そもそも多数決で決めるものではないですし、「信じている人が多いから、こっちが正しいと思う」というのは、あまりよく考えていない人のすることですね。支持する人が少なかった方が、実は正解だったなんてことは、よくあることです。

創造論を知ってほしい3つの理由

私は、大学時代は、教育学を専攻していました。創造論が専門ではない私ですので、間違うことや分からないことも多々あります。ただ、みなさんに創造論をぜひともシェアしたいという思いだけは強くもっています。僕がみなさんに創造論をシェアしたいと思う理由は大きく3つあります。

まず1つめに、単純におもしろいから。とにかくおもしろいんですね。どうおもしろいかは、勉強を続けていくとわかると思いますが、私は創造論について学ぶのが本当に好きで、ここ1、2年の間、独学で勉強を進めてきました。始めてみると、それまで知らなかったびっくりするようなことが次々と分かって、目から鱗の連続でした。「これはおもしろい!」と思って、本、Web site、Youtubeで勉強したり、近所の教会で創造論についての学習会があると聞けば、一人で知らない教会に乗り込んでいったりもしました。この創造論のおもしろさを、今後みなさんにシェアしたいと思っています。

2つめに、創造論を知ることが、とても大切だからです。どうして大切なのかは、次回以降でお伝えしますが、私は、創造論を知った時「もっと早くに知りたかった」「もっと若い頃に知っていたら、私の人生は良い意味で大きく変わっていたかもしれない」と思いました。ですから、みなさん、特に若い人たちに、ぜひ興味をもっていただきたいという思いで書いています。

3つめのシェアしたい理由は、あまり知られていないからです。クリスチャンの方やミッションスクールに通っている方は、創造論のことを知っていると思います。でも、それ以外の方は、存在自体をご存知ないのではないでしょうか。私も、日本にいた時は、聞いたことすらありませんでした。最大の理由は、学校で教わらないからです。学校では、進化論をベースとした考え方で、世界の成り立ちが語られ、世界の創造者がいる可能性は無に等しいものとして扱われています。

学校で教わる宇宙や世界の成り立ち「進化論」との関係

多くの人は、宇宙や世界の成り立ちについて、学校でこのように習ったのではないでしょうか。

大昔に、何もないところにあった無限に小さな物質が、突然「ビッグバン」と呼ばれる大爆発を起こし、多くの物質が存在する宇宙が誕生した。それらの物質が、互いの持つ重力で引き合った結果、長い時間かけて地球も含めたくさんの星々ができた。さらに、地球では、長い時間をかけて物質同士が結びつき、偶然に生命の元となるものが誕生した。最初は、バクテリアのような単純な生き物しかいなかったが、長い時間が過ぎていく中で、偶然に、魚のような生き物が生まれた。その後、さらに、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類の順に進化を遂げ、今のような世界となったと考えられている。

私自身、教師をしていた時は、このように教えていました。人間については、「もともとサルの仲間だったけど、ある時二足歩行になって、手が自由になり、道具を作ったり火を使ったりするようになった結果、脳が他の動物よりも発達したので言葉も使えるようになっていったんだよ。」と、子どもたちに説明をしていました。また、こうした説明は、学校だけでなく、インターネットやテレビや新聞などでも科学として紹介され、当たり前の常識となっていますよね。このブログでは、便宜上、このビックバン理論も含めた考え方をまとめて「進化論」と呼ぶことにしたいと思います。

つまり、このブログにおける「進化論」を定義すると、「私たちの生きているこの宇宙や世界は、長い時間をかけて偶然によって誕生したという説」となります。

創造論VS進化論

クリエイターが世界を造ったのか、それとも 世界は偶然できたのか。事実は1つですから、どちらも正しいことは、あり得ません。これまで多くの研究者達が「〇〇だから、創造論が正しい。進化論は間違いだ」や「××だから、進化論が正しいと思う。創造論なわけがない。」と激しい論争を繰り広げてきました。ここ最近、「みんなそれぞれが好きに選べばいい。進化論が本当だと思う人にとっては、進化論が真実であり、創造論が正しいと思う人にとっては、創造論が本当だ。」というポスト・モダン風な意見も耳にします。「人それぞれで良いんじゃない?」という考えですが、私としては、これには納得がいきません。なぜなら、これは好みの問題ではないからです。好みの問題なら、それぞれでいいと思います。例えば、誰かに「りんごとバナナなら、どっちが好きですか?」と聞かれたら、「りんご」「バナナ」とどちらかを答えますよね。ちなみに、どうでもいいですが、僕は甘い方が好きなのでバナナ派です。でも、この質問をした人が、さらにこう言ったとします。「ダメだ!みんなの意見が分かれてしまっている!どちらか1つに決まるまで話し合おうじゃないか!」これは、おかしな話ですよね。好みなのだから、それぞれが好きな方を選べば良いと思います。しかし、創造論と進化論の論争における問いは、好みとは全く別の「この世界の成り立ちはどうであったのか」という過去の客観的な事実に対する問いかけです。パソコンを指さして「これはパソコンですか、テレビですか」と聞かれたとき、どっちを答えても正解ではないですよね。答えは、1つ「パソコン」だけが事実であり正解です。「1+1は、2でも3でも良い。」というわけにはいかないのと同じ理屈です。ですから、「一体私たちはどこからきたのか」「どのようにしてこの世界は始まったのか」という人類がいつの時代も知ろうとしてきた普遍的な問いに対する答えを見つけようとする努力がこれまでなされてきました。しかし、進化論と創造論という対立した2つの考えが今も存在し、専門家の間で論争が行われ続けており未決着のままの状態です。

次回予告「創造論VS進化論は、宗教VS科学なのか」

しかし、ここまでを読んで、当然、異論のある方もいらっしゃると思います。

「進化論は科学で、創造論は宗教である。創造論はただの空想話で、進化論が正しいことは科学的に証明されていて、既に決着は着いているのではないか。クリエイターが世界を作ったなどというおとぎ話は、まだ科学が発展していなかった時代に信じられていたもので、進化論は、古くまた証拠もなかった創造論にとって代わろうと科学者たちが多くの実験観察をして集めた証拠をもとに生み出した科学なんだぞ。」と。

では、果たして、本当にそうなのでしょうか。

まずは、「進化論は、科学なのか」という問題から、次回一緒に考えてみたいと思います。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

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この記事を書いた人

はじめまして。管理人のヒロです。

日本で小学校教員、ニュージーランドで日本語補習校教員として勤めていましたが、現在は、妻と一緒に2児を育てる主夫をしています。

教員として働いていたころは、仕事中心の生活を送っていましたが、ある出来事が人生を一変させます。

2020年10月に、突然、オークランドで大病を発症。

生死の境を彷徨いましたが、奇跡的な回復を経験し、イエス・キリストを信頼するクリスチャンとなりました。

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